94) 日本の「和」のこころ ―人と自然とが共に生きる―。

 昭和の時代、未曽有の戦禍を経験したわが国は、神と仏の鎮まる郷土の美しい自然に励まされながら、奇跡的ともいわれる復興を遂げました。それから70年、こんにちの日本は、繁栄の陰で、自然は荒廃し、世情は混沌としています。わが国の発展を背負ってきた世代が第一線から退き、少子高齢化が進んでいます。そして、都市に人口が集中し、自然と共に暮らしてきた農山村や漁村などは衰退しつつあります。
 この時代、日本とは何か、日本人とは何か、そして、そのこころは何かが、改めて問われています。私たちは、自らが生きるこの日本をもっと知りたいと思っているのです。

 平成の時代、わが国は打ち続く地震や噴火、台風や洪水などの災害によって国土は危機に陥りました。戦後50年にあたる平成7年、阪神・淡路大震災が起きました。その惨状は、私たちに都市の繁栄がいかに脆弱であるかを思い知らせました。そして、平成23年、東日本に起きた世界的規模の地震は津波を伴って広範囲に大災害をもたらしました。また、平成26年に発生した御嶽山噴火は、死者や行方不明者の人数は戦後最悪の多さとなりました。
 西日本と東日本に生じた二つの大震災は、危機管理体制の問題にとどまらず、現代都市のあり方について、自然との関わりを含めて根本から問い直しているといえます。同じく、御嶽山の噴火は、人の制御を越えた自然の威力を目の当たりにさせました。相次ぐ国難ともいうべき大災害は、自然と切り離された現代社会の繁栄がいかに脆弱であったかを決定的に明らかにしました。
 私たちが生きるこの自然は、いうまでもなく、単に環境や資源であるばかりではなく、より本質的に、すべての生命の根源であり、人類の営みの土台です。そして、ほかならぬ都市の基盤でもあります。その自然がまさに地の底から覆ったのです。現代の高度な都市化が被害を大きくしたといわなければなりません。
 日本列島では、大地震や大津波が数えきれないほど起きています。火山の大爆発も幾度となく発生しています。そして、いま、私たちは、近い将来に、直下型の大地震が東京をはじめとする都市を襲うことを予期しています。また、いずれ、富士山などの火山の噴火が起きることを予想しています。しかしながら、地震や噴火の発生を予知する方法は未だ確立されてはいません。
 この四季の変化に富んだ国土において、私たちを取り巻く自然は、さまざまな恩恵をもたらすとともに、避けがたい災過を引き起こしてきました。日本列島を襲う異常気象や、地震や火山の噴火は、国土の損壊、建物の崩壊、人命の亡失など甚大な被害を与えました。
 天候不順による不作は飢饉を引き起こしました。そして都市では疫病をもたらしました。私たちは、そのような自然の猛威の背後に見えざる存在を感じ取ってきました。それを神様とか仏様とか、お天道様と呼んでいました。そして季節の調和と五穀の豊穣、厄災の除去と子孫の繁栄を祈ってきました。
このような自然の営みと人々の営みとが、長い歴史を通じて、地域性の豊かな風土を形成してきました。
 風土は、人の生きる場所ごとに異なる自然的文化的な特性であるといえます。風土が形成されるには、景観や風景よりも長い年月を必要とします。そこには何世代にもわたる人々の祈り、思い入れ、願いといったものが蓄積されているのです。
 自然に対する畏怖は、私たち日本人のDNAともいえる心情です。自然への畏敬と感謝。それが私たちの自然に対する見方や感じ方の根幹であるといえます。私たち日本人は、自然との限りない調和を求めて、自然に随い敬いながら暮らしを営んできました。私たちは自然界の一員として、自然の働きに応じて生きてきました。そして、自然のうちなるものとして、すべてのいのちのつながりを重んじてきたのです。
 私たちは、現在この国土に培われた自然に対する畏怖や感謝の念を、現代都市に暮らしながら見失おうとしています。過密化する都市からは、自然が消滅しようとしています。美しく豊かな日本の森や山も破壊され荒廃してしまったところが少なくはないのです。私たちは、人間の側から自然を見るのではなく、自然の大きな循環の中で生きるということを「生活の知恵」としてきました。
 現代社会において、改めて、自然を畏れ敬い、安全で豊かな生活を支える環境をつくり上げるところに、真の意味における「人と自然の共生(ともいき)」を基本とする、国土の再生と文化の発展があるに違いありません。
 私たちは、人と自然とが共に生きる「ともいき」、共に生み出す「ともうみ」、共に幸せに生きる「ともさち」を大切にしてきました。それらは個々別々のものではなく、密接に関連しつつ、融和し複合しながら、私たち日本人のこころのうちに存在しています。そこに貫かれているのは、大いなる自然のもとにあって、人も生きとし生けるものも共に和(なご)む「和の精神」です。それは私たちの季節感やものの感じ方、宗教的心情やものの見方の根源です。私たちが、いま、“ジャパネスク”と呼ぶ感性や美意識はその結晶です。それは、経済至上主義のグローバル化が進行する現代において、日本の誇るべき伝統であり、わが国の文化と精神の真髄です。そこにこそ、この国の風土に培われた、日本文化の特徴と、日本人の活力があるといえましょう。

※この文章は、同志社大学文学部名誉教授、廣川勝美先生のご教授を受けて作成しました。

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