104) 高齢者。

人間は生き延びるために高齢者の豊かな経験や知恵や知識が必要です。古来そのことに価値を見いだし、重視してきたのが日本人です。
しかし、最近は高齢者のマイナス面(病気、介護、医療費など)ばかりが強調され、ないがしろにされがちです。もう少し敬う感覚が必要です。
もっと前向きな姿勢で自治体、企業、地域などが高齢者の豊富な経験、知恵、知識を活用していくことを考えるべきです。
そうすれば、高齢者はよりよい社会をつくるため、地域の活性化を図るため、古い文化を継承し、そして新しい文化をつくるためなどに充分、社会に貢献することができるでしょう。

●人生儀礼(じんせいぎれい)
11月15日は、七五三、七五三の祝いともいいます。
産土神(うぶすながみ:生まれた土地の守り神、近世以後に氏神・鎮守の神の同義になる)を詣でる日です。
三歳と五歳になった男の子、三歳と七歳になった女の子を持つ家庭では、美しく着飾った子どもの手を引いて産土神のお社に参詣し、さらなる健康と成長を祈願する行事です。
昔から男女とも、三歳になった子どもは、髪置きといって、それまで、クリクリ坊主にしていた頭の髪を伸ばしはじめる習慣があり、男児五歳の祝いは袴着といって初めて袴をはかせますし、女児七歳には、帯解(おびとき)といってそれまで付け紐の着物を着せていたのをこの歳から付け紐を覗いて、初めて帯を締めさせるのが仕来りとなっていました。
現在では、髪置きだの袴着、帯解などということは、有名無実になってしまいましたが、七五三のお祝いだけは、相変わらず、盛んに行われています。
三歳・五歳・七歳という時期は、子どもの成長のひとつの節目をなす時期であるとともに、七五三という陽の奇数を喜ぶ陰陽道の教えから来たのだともいわれています。
七五三は旧暦11月15日をそのまま新暦の11月15日に置き換えて、実施しています。
新暦では旧暦11月15日は12月中旬以降です。その子が丈夫に育っているという証拠であり、神様への子どもの一年間の成長を感謝するお礼参りでした。

「節目」
われわれの祖先は「節目」をとても大切にしてきました。
一年の節目・季節の節目だけでなく、年齢に応じた人生の節目も大切にしてきました。
子どもが成長して大人になるための通過儀礼としての“七五三や”“十三参り”“成人式”などです。
また長寿を祝い年長者に敬意を表する意味で“還暦”や“古稀”の祝いも行ってきました。
これらの節目が、生活に変化と潤いを与えてきたのです。
さまざまな“しきたり”、“ならわし”が忘れられてゆく中で、そこに込められた意味をもう一度確認し、日本人が長い歴史の中で培ってきた生活の知恵、豊かな生活観・人生観を見直したいものです。

<通過儀礼>
・七五三
11月15日は、七五三、七五三の祝いともいう。
産土神(うぶすながみ:生まれた土地の守り神で、近世以後、氏神・鎮守の神の同義になる)を詣でる日。
三歳と五歳になった男の子、三歳と七歳になった女の子を持つ家庭では、美しく着飾った子どもの手を引いて産土神のお社に参詣し、さらなる健康と成長を祈願する行事です。
昔から男女とも、三歳になった子どもは、髪置きといって、それまで、クリクリ坊主にしていた頭の髪を伸ばしはじめる習慣があり、男児五歳の祝いは、袴着といって、初めて袴をはかせますし、女児七歳には、帯解(おびとき)といって、それまで付け紐の着物を着せていたのを、この歳から付け紐を覗いて、初めて帯を締めさせるのが仕来りとなっていました。
現在では、髪置きだの袴着、帯解などということは、有名無実になってしまいましたが、七五三のお祝いだけは、相変わらず、盛んに行われています。
三歳・五歳・七歳という時期は、子どもの成長のひとつの節目をなす時期であるとも、七五三という陽の奇数を喜ぶ陰陽道の教えから来たのだともいわれています。
七五三は旧暦11月15日をそのまま新暦の11月15日に置き換えて、実施しています。
新暦では旧暦11月15日は12月中旬以降です。
その子が丈夫に育っているという証拠であり、神様への子どもの一年間の成長を感謝するお礼参りでした。
・十三参り
京都、嵯峨の法輪寺に古くから伝わる有名な行事。
旧暦3月13日(現在では4月13日、またはその前後に行われる所もあります)に、13歳になる少年少女が盛装し、福徳・知恵などを授かるため参詣します。
法輪寺の本尊、虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)は知恵授けの仏様として古くから知られています。
現在では3月から5月にかけてお参りが行われています。
この十三参りは、いまではほとんど見られなくなってきましたが、子どもに計り知れない知恵と福徳を授けてもらう目的で江戸時代は盛んに行われていました。なくなって欲しくない行事です。
・成人式
独立した社会人として、大人になったことを自覚し、自ら生き抜こうとする青年を祝い、励ます日として1948年に「1月15日」と制定された国民の祝日。
祝日法の改正により2000年から「土・日・月」と三連休になるように1月の第2月曜日に変更されました。
昔は、男子が十五才になった時、元服という儀式を行いました。
「元」は初めという意味であり、初めて大人の服を着るとともに冠をつける(加冠:かかん)ことでした。
日本では大人も子どもも帽子(冠)をかぶる風習はありませんでした。
しかし推古天皇(六世紀後半~七世紀)のころから大人は帽子をかぶるようになり、奈良時代になると冠をつけることが儀式化されました。
だから、髪を切って烏帽子をかぶり、刀をもらって成人としての名前をもらうことが元服だったのです。
そして元服すると、神事に参加することが許され、社会教育を受けました。(褌(ふんどし)をつけるので「褌祝い」などともいわれました)
一方、女性の場合は十三才前後で「成女式」といわれるものが行われました。
髪を結い、笄(こうがい:髪をかき上げるのに使った箸のようなもの)を髪に差し「髪上げの儀」などといわれました。
振り袖から留め袖に服を着替え、針仕事などを習うようになり、こちらは初めて腰巻きを付けることから「湯文字(ゆもじ:腰巻きのこと)祝い」ともいわれました。
「成人の日」はこうした昔の成人儀式からきているのです。
ところで現在、成人は二十才からとされています。
かつては十五才や十三才だった大人の仲間入りがどうして二十才になったのでしょうか。

<長寿の祝い>
・還暦(かんれき) 長寿を祝う風習は、奈良時代頃からあって、室町時代にはすっかり定着しました。
60干支の循環による吉年です。(数え年61歳の長寿の祝い)
自分の生まれた年は61年目に元に戻り、生年と同じ干支に還ります。
この満60歳を祝う風習を還暦といっています。(本卦還り(ほんけがえり)ともいわれています) 昔は人の寿命は短く60歳を迎えることは稀で、非常におめでたいこととされました。
赤い袖なしのちゃんちゃんこ、赤い頭巾を着せてもらって、子どもや孫からお祝いの言葉を受ける風習です。
寿命が長くなるに従って賀寿(長寿の祝い)にも変化が見られます。
・古稀(こき)
数え年70歳の長寿の祝い。
唐の詩人、杜甫の有名な一節「人生七十古来稀」によって名付けられました。
祝い方は時代、地方により、また各家庭それぞれで定まった形式は見られません。
・喜寿(きじゅ)
数え年77歳の長寿の祝い。
草書体で「喜」の字が七十七と書かれるところから、77歳またはその祝いをいうようになりました。
扇子に「喜」に字を書いて配る風習もあります。
・傘寿(さんじゅ)
数え年で80歳の長寿の祝い。
傘の略字が「仐」と八十に似ているところから、80歳またはその祝いをいうようになりました。
・半寿(はんじゅ)
数え年81歳の長寿の祝い。
八十一を組み合わせると「半」となるところから、81歳またはその祝いをいうようになりました。
・米寿(べいじゅ)
数え年88歳の長寿の祝い。
「米」の字を分解すると八十八となるところから、88歳またはその祝いをいうようになりました。
・卒寿(そつじゅ)
数え年90歳の長寿の祝い。
「卒」の略字が「卆」と九十に見えることから、90歳またはその祝いをいうようになりました。
・白寿(はくじゅ)
数え年99歳の長寿の祝い。
「百」の字の上部の「一」を除くと「白」の字になるところから、99歳またはその祝いをいうようになりました。
・上寿(じょうじゅ)
数え年100歳の長寿の祝い。(百賀とも言います)
もともと上寿は、人の寿命の長いことを指し、長寿を三段階の上・中・下に分けたうちの最も上位、すなわち百歳をいいます。(120歳をいう場合もあります)
ちなみに下寿は60歳(80歳とも)、中寿は80歳(100歳とも)の長寿の祝いをいいます。

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