120) 「地震国」日本 列島の活断層・・・・②

 近代の関東大震災は、大正12年(1923)に発生し、神奈川県・東京府を中心に千葉県・茨城県から静岡県東部までの内陸と沿岸に広い範囲に甚大な被害をもたらしました。日本災害史上最大級の被害といわれ、190万人が被災、10万5千人余が死亡あるいは行方不明になったとされています。
 平成7年(1995)に阪神・淡路大震災が発生しました。兵庫県南部地震による大規模災害です。特に震源に近い神戸市の4市街地の被害は甚大でした。被害死者は6434名、住全壊104906棟、全焼7036棟。その他、道路、橋梁、河川などに被害がありました。
 この平成7年(1995)兵庫県南部地震以降も、気象庁が命名した大地震がつづいています。
 平成12年10月6日 鳥取県西部   平成12年(2000)鳥取県西部地震
 平成13年3月24日 安芸灘     平成13年(2001)芸予地震
 平成15年9月26日 釧路沖(十勝沖)平成15年(2003)十勝沖地震
 平成16年10月23日 新潟県中越地方 平成16年(2004)新潟県中越地震
 平成19年3月25日 能登半島    平成19年(2007)能登半島地震
 平成19年7月16日 新潟県上中越沖 平成19年(2007)新潟県中越沖地震
 平成20年6月14日 岩手県内陸南部 平成20年(2008)岩手・宮城内陸地震
 平成23年3月11日 三陸沖     平成23年(2011)東北地方太平洋沖地震(東日本大地震)
 平成28年4月14日 熊本地方など  平成28年(2016)熊本地震
 平成23年の東北地方太平洋沖地震は日本の観測史上最大規模であった。この地震による災害を東日本大震災と呼ばれ、東北から関東にかけての東日本一帯に甚大な被害をもたらし、戦後最悪の自然災害となりました。被害は、地震そのものによる被害に加えて津波・火災・液状化現象、さらに福島第一原子力発電所事故・大規模停電など多岐にわたり、1都9県が災害救助法の適用を受けました。警視庁発表による死者および届出のあった行方不明者の数は合わせて1万8475人、津波被害を受けた東北地方の太平洋沿岸を中心に関東地方や北海道でも死傷者が出る事態となりました。
 日本列島の海溝やトラフを震源地とする地震は津波を引き起こし内陸部の被害を大きくする。列島の内陸や周辺の海域には、地震の発生源となる活断層が数多く存在します。活断層は「極めて近き時代まで地殻運動を繰り返した断層であり、今後もなお活動するべき可能性のある断層」と定義されています。活断層の動きが引き起こす中小規模の地震は頻繁し巨大自身も幾度となく発生しました。近年、南海トラフ断層(南海地震)・千島海溝断層(十勝沖地震)・丹那断層帯(北伊豆地震)・十日町西縁断層帯(長野県北部地震)・六日町断層帯(新潟県中越地震)・信濃川断層帯(善光寺地震)などが地震の発生源となった。その他、糸魚川-静岡構造線断層帯・富士山河口断層帯・木曽山脈西縁断層帯・中央構造線断層帯・味方花折断層帯・奈良盆地東縁断層帯・雲仙断層帯など、各地に2000以上もの活断層が見つかっています。地表の現れていない活断層のかなりあるとみられており、内陸部の活断層は、直下型の地震発生の危険性を絶えずはらんでいます。
 現在、異常気象や台風などの予報は行われていますが、地震や火山噴火は予知することを現代の科学をもってしても不可能です。そのことを、阪神・淡路大震災や東日本大震災は明確にしました。昭和44年4月に政府の「地震予知連絡会」が発足しました。前年の地震予知の実用化を促進する旨の閣議了解に基づく組織です。現在も26名の委員で構成され、年4回定期的に開催されています。しかし、調査観測の域にとどまり地震予知の方法は目途もたっていません。平成の時代に至って、阪神淡路大震災が発生し、その直後、政府の「地震予知推進本部」は「地震調査研究推進本部」と名称を変更しました。そして、日本地震学会はM9.0という想定を超えた東日本の巨大地震を予測できなかったことによって、学会内部に設けられていた「地震予知検討委員会」を廃止しました。前兆現象をとらえて地震発生前に警報を出す「予知」の目標と地震学の実力差は大きく、予知という名称は「用語的に不適切」であるというのが廃止の理由です。また、余地を掲げることで、多額の研究予算を得てきたとの批判もあったといいます。地震研究者のなかでも、今の時点で地震予知が不可能なことをもっと明確に表明すべきであるという主張が強まっています。
 大災害がいつ起きるかもしれない。地震や噴火の発生を予知する方法はいまだ確立されてはいない。それが現代です。
 自然は突如として威力をもって襲いかってくる。人類と自然との共生は、言葉にいうほど生易しいことではない。科学技術をもって地震を抑えることは不可能である鉄とコンクリートによって堅固な建造物を造ったとしても、自然の威力の前では無力である。平成の激震の時代に生きる私たちは、そのことを痛感した。
 戦災のなかった江戸と平成の御代は、人が自然の猛威と直面した時代であった。このときに生きる私たちにとって、自然と共に在ることとはどのようなことなのか、改めて考え直す必要があります。災害を減少するのは政府の責任であるとしても、災害をどう受けとめるかは私たちの問題であります。この国土に培われた自然観や宗教観の底に流れていた自然への畏怖の意味を、現代の都市において明らかにしなければならない。この豪雨と猛暑の夏に深くそう思えてなりません。

 猛暑の続いた、平成の時代最後の夏、豪雨や台風、地震などが相次いで発生しました。それらの大災害は、自然と切り離された都市の繁栄がいかに脆弱であったかを目の前に示しました。自然は、単に環境や資源であるばかりではなく、より本質的に、すべての生命の根源であり、人類の営みの土台であります。その自然が猛威をもって国土を襲っています。被害は、都市化された自然の一画に集中しています。人と自然の領域が見失われ、人と自然の共存が打ち消されようとしているのが、現代の文明社会です。しかし、文明によって自然を制御することは不可能です。今、私たちはそのことを痛切に感じています。
 私たち日本人は、恵みと災いの両方をもたらす自然に寄り添いながら長い年月の間、この国土で暮らしてきました。そして、自然を敬い恐れ、互いの生命を尊んできました。そこに培われてきた、人と人、人と自然とが、共に生き、共に和み、共に生み出し、共に幸せに生きる、“いのちとこころ”の大切さを改めて確かめ合うことが必要なのではないでしょうか。
 いま、強く感じることは、「ジャパネスク」に欧米近代を超えた未来への可能性を強く感じ、これこそ国際的な普遍性を持つ次世代の価値観ではないかと思えるのです。この2018年の日本に、もう一度力強く「ジャパネスク」の自然観、世界観を自信をもって取り戻し、さらに高め、日本人ばかりではなく、世界の人々に訴求し、理解してもらうことが大切だと感じます。

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ジャパネスク語りNo118 「地震国」日本 列島の活断層・・・・①
※「ジャパネスク語り」No101No106をお読みください。
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